地中海側のローヌ川が注ぐラングドック地方から、ジロンド川、シャラント川が注ぐボルドー地方、そしてフランス最大のロワール川が注ぐブルターニュ地方と、沿岸域の養殖場を見学する旅に出発です。1984年5月のことでした。
わたしたちは新緑のまぶしいパリで笑顔のカトリーヌさんと合流。フランスの高速鉄道TGVでローヌ川沿いを南下し、最初の訪問地、地中海沿いのモンペリエに到着しました。翌朝、海燕の鳴き声で目覚めたわたしは、すっかり旅の気分です。
でも、ロビーで集合したカトリーヌさんの表情が昨日までと違うのです。じろっとわたしたちを見据えると、
「その恰好はなんですか。あなたたちは何をしに海に来たのですか!」
カトリーヌさんはひざまである長靴をはいています。すでにパリジェンヌから研究者に変身していたのです。こちらはといえば、背広に革靴……。まいりました。
ローヌ川河口の汽水域で育つ宮城種のカキ
こうして視察の旅は始まったのです。カトリーヌさんに案内されたラングドック地方は、ローヌ川によってできた、海の水と川の水が混じる汽水域が多いところでした。宮城産の種ガキをつくる万石浦と風景が似ています。
万石浦は、宮城県の北上川河口の石巻市渡波地区という内海にあります。かつての仙台藩主伊達政宗公が「この内海を干拓したら、米が一万石とれるほどの田んぼができるだろう」と言ったことからつけられた名前です。それほど広い内海です。
万石浦はノリやカキの養殖の発祥地であり、いまでも、ハゼ、ウナギ、シラウオ、ニシン、カレイ、クリガニ、アサリなどがたくさん採れるよい漁場です。なによりこの湾は、種ガキの生産に欠かすことのできない大切な海なのです。
ホタテ貝の殻に付着したカキは、そのまま海の中にさげておくと、どんどん大きくなっていきます。万石浦で採れる種ガキは、宮城県で採れるので宮城種と呼ばれています。成長が早く、病気に強く、味がよいという、三拍子そろった世界的な優良種なのです。そのため、北は北海道から、三陸沿岸、新潟の佐渡、石川の能登、三重、岡山、広島の一部、大分などの国内はもとより、アメリカやフランスで養殖されているカキもほとんどが宮城種です。