×

気になるキーワードを入力してください

SNSで最新情報をチェック

「きぬた」の語源とは

砧線には、砧と名の付く駅(停留場)は1駅しかない。終点の「砧」。この駅名は、1961(昭和36)年に「砧本村(きぬたほんむら)」に改称され、1969(昭和44)年5月10日に廃止されるまで存在した。砧線の最盛期には、玉川→中耕地(なかこうち)→吉沢→伊勢宮河原→大蔵→砧という駅が存在した。このうち、最後まで残った駅は、玉川(二子玉川園)、中耕地、吉沢、砧(砧本村)だけだった。

中間にあった伊勢宮河原と大蔵の2駅は、先の大戦前に廃止されたという。中耕地は、開業当初「遊園地下(ゆうえんちした)」という駅名(停留所名)だった。これは近隣に”玉川遊園地”(二子玉川園とは異なる)があったことによるもので、玉川線にも”遊園地前”という駅(停留場)が玉川駅のとなりにあった。また、大蔵駅は採取した砂利を積み込むための駅として、「大蔵貨物積卸停留場」として開業していた。

「きぬた」の語源には諸説あるものの、当地周辺で作られていた布の製作過程に関係するという。多摩川の水流にさらした衣(きぬ)を、板の上で叩いてやわらかくする。その板を「衣板(きぬいた)」と呼び、これが転じて「きぬた」。さらには、衣(きぬ)を叩いてやわらかくする道具を「砧(きぬた)」と呼んでいた。これが地名になったとされる。

1933(昭和8)年に発行された『玉川電車沿線遊覧案内』には、「多摩川をへだて、向丘から高津あたり(川崎市多摩区および高津区)と相対し、いかにものんびりした土地である。北部は丘陵地帯で玉川村に接し、西隣は狛江村(こまえむら/東京都狛江市)の星、東は治大夫堀(じだゆうぼり/世田谷区喜多見)に沿うて玉川瀬田(世田谷区)につづいている」とある。そして、砧というエリアは二つの調布(調布市の調布と大田区の調布地域)に挟まれており、この調布という地名も「布」に関する由来を持っており、その間にある地域を「砧」と名付けたことも、なんとなくうなづける。

1930(昭和5)年に発行された地形図に記載された砧線の路線図。「たまがは(わ)」、「きぬた」以外の駅は記載されていない。※着色は筆者加筆のもの=資料所蔵/JLNA
1933(昭和8)年に発行された『玉川電車沿線遊覧案内』より。玉川から分岐して砧までを結んでいるのが「砧線」=資料/宮田道一コレクション
次のページ
二度も駅名が返り咲いた二子玉川、「ふたこ」「にこたま」あなたはどっち派
icon-next-galary
icon-prev 1 2 3 4 5 6icon-next
関連記事
あなたにおすすめ

関連キーワード

この記事のライター

工藤直通
工藤直通

工藤直通

おとなの自動車保険

最新刊

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌『おとなの週末』。2026年12月15日発売の1月号では、「もう…