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二度も駅名が返り咲いた二子玉川、「ふたこ」「にこたま」あなたはどっち派

かつての砧線が発着していた二子玉川駅。いまから26年前までは「二子玉川園」という駅名だった。略す呼び方も昭和の時代は「ふたこ」、昭和から平成のいわゆる”バブルの時代”に入ると若者を中心に「にこたま」と呼ぶようになった。当時、その呼び方ひとつで年齢がバレると冷やかされたものだった。子どもの頃の“ふたこ”の多摩川といえば、メダカがいて、夏には川遊びをした遠い日の記憶。もちろん1965(昭和40)年代なかばの話であるが、二子玉川園で見た”怪獣パレード”も今となっては懐かしい思い出だ。

二子玉川駅が、現在の姿となる前は駅の西口に東急ストアがあり、この場所はかつて玉電の二子玉川園駅があった。しかし、いまとなっては大型商業施設(二子玉川ライズ・ドッグウッドプラザ)に生まれ変わっており、その場所がどこだかわからないくらい変貌を遂げている。田園都市線、大井町線の二子玉川駅も元々、玉電と同様に地上に駅があった。高架駅となったのは1966(昭和41)年のことで、これはそれまで地上を走っていた大井町線(溝の口~大井町)を高架化したことによるものだった。

たまでん由来の二子玉川駅は、何度となく駅名を変えていることをご存じだろうか。玉電の玉川駅(1907/明治40年~)にはじまり、二子玉川線(のちの大井町線)が開業して二子玉川駅(1929/昭和4年~初代)が誕生するが、玉電の駅名はそのままとされ、玉電はその後、よみうり遊園駅(1939/昭和14年~)となったのち、両駅名を統合して二子読売園駅(1940/昭和15年~)を名乗った。その後も、再び二子玉川駅(1944/昭和19年~2代目)へと戻り、二子玉川園駅(1954/昭和29年~)を経て、2000(平成12)年からは現在の二子玉川駅(3代目)となった。二子玉川の駅名は、二度返り咲いたのである。 

廃止直前となる1969(昭和44)年5月に撮影された玉電の二子玉川園駅。廃止後は東急ストアがこの場所に建っていた。今はなき駅前にあった富士観会館の最上階から撮影したもの=写真提供/飯島巌コレクション
かつての二子玉川園駅の西口にあった東急ストア。この場所に玉電の二子玉川園駅があった=1983年ごろ、写真提供/宮田道一コレクション
二子玉川駅のほど近くにあった遊園地「二子玉川園」で開催された怪獣パレードの案内看板=1972年8月27日、世田谷区玉川
現在の二子玉川駅(東口)のようす=2026年1月6日、世田谷区玉川
かつての玉電の駅があった場所も、いまは駅の中に取り込まれている。二子玉川駅で西口方向を見る=2026年1月6日、世田谷区玉川
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砧線延伸の終着駅は、小田急線の「和泉多摩川駅」だった
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工藤直通
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