二重構造のフロアに泣いた!?
話を内燃機関モデルに戻そう。EV専用プラットフォームにエンジンを搭載するというある種掟破り的なルネッサだが、それが足かせになった点は否定できない。前述のとおり床下にバッテリーを搭載するように設計されていたためフロアが二重になっている。ガソリンエンジンの場合はバッテリーを搭載する必要はないが室内の居住空間のベースとなるフロアが高いため、ルネッサは1600mmを超える車高であってもミニバンのような解放感はなかった。広さを謳ったものの、言うほどでもないね、となってしまった。リアシートのロングスライドは快適性、利便性においても好評だったが、クルマというものは残酷なもので、ひとつのネガが命取りになるケースは少なくない。
このルネッサと同じ手法で登場したのがオデッセイの対抗馬のプレサージュ、バサラの乗用タイプミニバンで、ホンダが低床フロアの採用で背は低いが余裕の室内高を実現していたのは対照的だった。
実売は目標の8分の1!?
ルネッサがデビューした時に日産は6500台の月販目標を掲げていた。非常に強気に思えるこの数字は、新ジャンルのルネッサに対する日産の自身の現われだったのだろう。しかし、実際には1997年から2001年までの4年弱で累計販売台数は約4万台にとどまった。そのうちリース販売のEVはMAX200台程度だからほとんどはエンジンモデルということになる。月販平均にすると約800台と高い目標値と比較すると約8分の1。
その要因は前述の二重フロアの件もあるが、まず当時はステーションワゴンの需要はレガシィシリーズを除きひと段落していたことが挙げられる。そしてこれはいざという時のことを考える日本人の気質でもあるが、同じくらいのボディサイズ、広さを謳うなら、2列シートよりも3列シートのほうがいいというユーザーの心理。3列のオデッセイ、イプサムなら、ジジ、ババが来た時に乗せてあげられるけどルネッサなら無理。
これは大きかったはず。それはオデッセイをベースに2列シート化したホンダアヴァンシアも販売面で苦戦したことでも明らかだろう。
後継モデルもなく4年弱で消滅
販売面で苦戦を強いられたルネッサだが、売れないから手を入れず放置とせず、日産は2001年1月にテコ入れのマイチェンを実施。
2LのFFモデルはコラム式の4速ATだったが、ハイパーCVTを新採用。4WDモデルに登降坂制御付きオートマチックを採用。これは坂道の傾斜をクルマが判断して最適なギアを選択するトランスミッションで、これは日産車で初搭載だった。
それに加え前述の高すぎる床の対策として後席のフロアステップ部を拡大して乗降性を向上させるなどの改良を施していた。
残念ながらこれらの改良を施したにもかかわらず販売アップにはつながらず、2001年9月に生産を終了し、在庫対応ぶんも12月に終売となり後継モデルもなく一代限りで終焉となってしまった。
しかし、ルネッサEVの技術が今の日産にとって非常に貴重かつ重要なものになったことを考えると、日産にとっては有意義なクルマだったと言えるだろう。





