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倫理を欠いた社会が「恐るべき子供」を生み出す

もうひとつの例がある。

さる写真週刊誌が、容疑者の顔写真を掲載し、世の非難を浴びた。

14歳の少年の顔写真をマスコミが入手するのは容易である。しかしそれを公開してしまうのは、明らかに倫理に欠ける。

よりセンセーショナルな記事や写真を求めるのは、出版社も読者も同じであるが、だからといってそれをあからさまに公開してしまうのは、売る方も買う方も倫理のハードルを持たないからであろう。

私はその出版社とは仕事上のつながりがある。知人も多いし、当該写真週刊誌とも何度か仕事をし、いくばくかの収入を得ている。だが、私も一方に週刊誌のコラムを持つ以上、これに目をつむることはできない。「周辺の大人たち」のひとりにはちがいないのである。

例はさらに続く。

写真週刊誌がコンビニやキヨスクの店頭から消えたあと(売り切れてしまったのか、引っこめたのかはわからないが、ともかく一瞬のうちに消えたそうだ)、その顔写真のページをコピーして売るふとどき者が何人も出現したという。

にわかには信じ難いが、新宿駅頭では一枚500円の値段で飛ぶように売れていたと、ニュースで報じていた。

はっきり言って、500円は大金である。私はついこの間まで、この500円惜しさのために昼メシを抜いていたし、500円の金がないために銭湯にも行けず、洗面所で体を拭いていた。したがってごく個人的な理由かも知れぬが、500円という不当な金額には猛烈な怒りを感じた。

もちろん金額が正当か不当かという話ではない。500円という金の有難味を知っているはずの大の大人が、何の倫理観もなくコピーを売り、我さきに買ったことに憤りを覚えたのである。

こういうバカな大人たちは、たまたま14歳のときに人を殺さなかっただけだと思う。人を殺すことの是非とか、死体を切り刻み、頭部を中学校の校門に晒すことの倫理的な是非などは、大人になった今でもまったくわかっていないのではなかろうか。

私見ではあるが、容疑者の少年は哀れであると思う。私が子供のころは、悪い時代を体験し、痛みや苦しみをわかっている説教おやじが周囲に大勢いた。見知らぬ人に叱りとばされた経験はいくどもある。そう思うと、おそらく勾留された今でも、おのれのなしたことの怖ろしさに正確には気付いていないであろう十四歳の少年が、哀れに思えてならない。

彼は読書家であったそうだ。だが、彼が読書を通じて現実を夢想するようになったという一部の報道は、ひどい詭弁(きべん)である。

書物は決して、人を犯罪者にはしない。倫理を欠いた社会が、彼をアンファン・テリブルにしたのである。

(初出/週刊現代1997年7月19日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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