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鉄道連隊の面影を辿る

新京成線の線路が、右へ左へ蛇行しているのは「陸軍の演習線だったから」という話は、そのむかし仕事で何度も新京成線を利用していたこともあり、この話は耳にしていた。ところが、いつでも「鉄道遺構は見に行けるだろう」と高をくくっていたら、いつのまにか30年も経過してしまった。

新京成線(現・松戸線)の線路は、そのすべてが「旧日本陸軍の演習線跡地(線路敷)」を利用しているわけではなかった。カーブのきつい区間では、新たに用地を買収し、線路を敷設していたのだ。つまり、この区間には、手つかずのままの演習線が「廃線跡」として遺されているわけだ。具体的には、松戸駅~上本郷駅(かみほんごう/松戸市上本郷)間、松戸新田駅(まつどしんでん/松戸市松戸新田)~みのり台駅(松戸市松戸新田)間、八柱駅(やばしら/松戸市日暮〔ひぐらし〕)~常盤平駅(ときわだいら/松戸市常盤平)~五香駅(ごこう/松戸市金ケ作)~元山駅(もとやま/松戸市五香南)間、初富駅~鎌ヶ谷大仏駅(鎌ヶ谷市鎌ヶ谷)~二和向台駅(ふたわむこうだい/船橋市二和東)間の6区間が、これにあたる。もちろん、戦後から100年を経過した現在では、宅地造成や道路への転換などにより、すでに失われた鉄道遺構もある。今回は、廃線跡、廃車体、文化財をそれぞれ1か所づつ見て回ることにした。

廃線跡に残される遺構は、陸軍用地境界標をはじめ、線路敷、橋台や橋脚といったものが随所で確認できるのだが、その中でも鎌ヶ谷市東道野辺(ひがしみちのべ)にある”アカシア児童遊園”にある「鉄道橋跡」を最初の訪問地に選んだ。ここは、鎌ヶ谷市の史跡にも指定され、その大きさからも当時の演習線の規模を肌で感じることのできる鉄道遺構だった。現役当時は、小さな川を越えていたようだが、現在この川は暗渠になっているという。「3径間(3つの鉄橋で結ばれていた)」もある立派な鉄道橋を支えた”橋台と橋脚”は、実に見ごたえのあるものだった。

次に訪れたのは、新津田沼駅の近くにある「津田沼1丁目公園」で、ここには鉄道第二連隊で使用した蒸気機関車「K2型134号」が、展示保存されていた。この機関車は戦後、国から旧鉄道連隊の資材払下げを受けた西武鉄道に引き取られたもので、その後、埼玉県所沢市にあった”ユネスコ村”で長年にわたり保存されていた。やがて、1994(平成6)年3月に同施設が閉園すると、再び“鉄道連隊ゆかりの地”である津田沼へと里帰りを果たした。公園の片隅に佇む蒸気機関車は、屋根がかけられた展示スペースの中で、静かに余生を送っていた。

さらに、この公園から見てJR総武線を挟んだ反対側にある“千葉工業大学”には、同地に置かれていた「鉄道第二連隊本部兵舎の正門(門柱)」がそのままに、「通用門」として使用されている。この門柱は、文化庁の登録有形文化財にも指定される貴重な存在だ。レンガ造りと洒落た門灯(復原品)との組み合わせは、往時を思い起こさせる雰囲気を醸し出していた。

探せばまだまだある鉄道連隊の鉄道遺構。今回は深追いはせずに、3度も移転を繰り返した新津田沼駅と藤崎台駅の跡地周辺を散策して、帰路についたのだった。

アカシア児童遊園内に鎮座する鉄道第二連隊”演習線”の鉄道遺構「橋台と橋脚」=2025(令和7)年3月21日、鎌ヶ谷市東道野辺
津田沼1丁目公園に保存される鉄道第二連隊の蒸気機関車「K2型134号」=2025(令和7)年3月21日、習志野市津田沼
千葉工業大学の通用門として今も使用される鉄道第二連隊本部兵舎の正門(門柱)=2025(令7)年3月21日、習志野市津田沼
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